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刀剣 はたや 刀剣 はたや

言わずと知れた、我師匠の名店です。
令和4年刀剣はたや居合道事業部を引き継いで、独立開業させて頂きました。

日本刀剣販売処

一文字堂
私の剣兄のお店です。美術刀は勿論、武用刀剣も多数あります。



試斬、居合、剣術、流鏑馬を中心に日本侍文化を総合的に学べます。是非ご体験下さい。
HOME»  日本刀»  【陸軍刀 注文打ち】 刀 濃州関 日本刀鍛錬塾謹作 兼秀 為菅〇栄氏 昭和十三年一月日 【2尺2寸4分 67.9㎝ 反り1.4㎝ 1174g】 YK-42 本体価格50万円

【陸軍刀 注文打ち】 刀 濃州関 日本刀鍛錬塾謹作 兼秀 為菅〇栄氏 昭和十三年一月日 【2尺2寸4分 67.9㎝ 反り1.4㎝ 1174g】 YK-42 本体価格50万円

国・時代

昭和13年 皇紀2598年 岐阜県 関市

スペック

刃長 67.9㎝(2尺2寸4分) 反り 1.4㎝
1 刃文 三本杉 乱刃
元幅 30.7㎜ 元重 6.9㎜
物打幅 24.8mm 物打重 6.6mm
横手幅 21.2mm 横手重 5.3mm
裸身  768 鞘払い 1174g

備考:切先長3.5㎝
金具類 ・鍔 鉄地木瓜形仙人船図 138g  縦75×72㎜
   ・鎺 19g  銅金鍍金  ・切羽 軍刀切羽4枚
   ・柄全体 180g
   ・金具類 9番揃い金具   ・拵え 98式後期木製革包鞘
   ・縁 4.0㎝  ・頭 3.8㎝  
   ・柄長 8寸 24.3㎝   ・目貫 三連桜図 
   ・茎長 7寸1分 21.5㎝ 穴1

 
 付属 ・特製刀箱 オリジナル墨書き有 ・軍刀吊り金具
 


 

NEW

  • 【陸軍刀 注文打ち】 刀 濃州関 日本刀鍛錬塾謹作 兼秀 為菅〇栄氏 昭和十三年一月日 【2尺2寸4分 67.9㎝ 反り1.4㎝ 1174g】 YK-42 本体価格50万円

  • 販売価格

    550,000円(税込)

  • 在庫

    1

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  • 状態評価 1 2 3 4 5
    重心 
    2
    先(切先) やや先 中間 やや手前 手前(鍔)
    斬り 
    1.5
    竹斬り 藁竹両様 藁斬り 藁良斬り 藁特良斬り
    刃音 
    1

     
    樋なし 音弱い 音並 音良い 音特良い
    鑑賞 
    2.5
     
    要鑑賞研ぎ ヒケ、鍛傷、 薄錆   居合形稽古跡 有 薄錆少、鍛傷少有 ほぼキレイ >研ぎ上げ済
     
    4
    要工作修理 巻きほつれ有 使用可能 使用感有 新工作済
     
    3
    要工作修理 ひび等修理跡有
    使用可能
    時代相応の塗り小傷有 小傷、小塗修理有り 新規工作済

    ■コメント

    陸軍受命刀匠 兼秀 注文打ち刀のご案内です。

    兼秀は独軍ヒットラー、伊軍ムッソリーニ、東条英機、三首相への刀を鍛刀しております。
    また、天皇皇后両陛下行幸に際しての献上刀鍛錬の栄誉にも浴されております。
    詳しくは説明下部をご覧ください。

    さて、本作を見て行きます。
    姿はやや腰よりに反りが付いて物打ち伏せ目に、鎬は高めになり、切先は中帽子に結んでいます。
    地肌は板目良く詰み、刃紋は匂い出来の細かめな三本杉でふんわり足も刃先まで入り品があります。切先は乱れ気味に入って小丸に返っています。注文刀だけあってとても出来が良いです。

    拵えは98式後期型の略式木製革巻き鞘が付属していますが、柄には家紋銀象嵌、猿手は標準の銅製ですが、尉官の刀緒が付いています。
    当初は98式前期型の鉄鞘が付属していたと思われます。戦場で破損損壊してしまったのでしょう。
    付属の後期型鞘は革の状態良く、駐爪の掛かりもパチッと収まります。

    この拵えで特筆するべきは、駐爪(ちゅうそう)にあります。
    駐爪とは軍刀特有の縁金具にある、止め爪のことですが、98式の後期革包鞘タイプの軍刀鯉口は、旧来の鎺留め、または革ボタン留め、革ベルト留め等になるはずですが本刀は駐爪留めとなっており、この後に制定される3式軍刀への過渡期に作られた物であると思われます。
    また、吊り金具も付属しており資料的にも面白いです。

    オリジナル刀箱も付属しております。
    当時の墨書きも残っています。刀の反りに合わせて箱自体にも反りが付いており特注品です。
    この当時、昭和13年はまだ刀匠や刀装具関係も軍に統制されていない、自由販売、自由競争でしたので注文打ちの刀は大変高価な品物でした。

    刀身や峰にも薄錆はありますが、油を塗って手入れして頂ければ問題ありません。
    現状でも十分に鑑賞して頂けます。

    お好きな方、宜しくお願い致します。

    以下に 『日本刀鍛錬塾』『刀匠 兼秀 中田 勇』について説明を載せておきます。
    ご参照ください。

    ※『日本刀鍛錬塾』
    その前身は昭和7年に美濃刀匠擁護会(会長 後藤治兵衛、理事 後藤扇吉・山田長蔵・兼村虎之助・山田勝・生駒平十郎・森豊)の設立に始まる。
     七百年の歴史と伝統を有する美濃関伝の継承と日本刀鍛錬の技術向上を図ることを目的に有志が後援会を組織した。
     その後、昭和9年4月に「日本刀鍛錬・渡邊兼永指導所」が開設され、支援者も増えたこともあって、昭和12年4月に「日本刀鍛錬塾」となった。
     
     昭和12年の日華事変から関では軍刀として製作するようになった。
     昭和16年12月8日大東亜戦争が始まるまでは「昭和刀」とも呼ばれた軍刀は自由販売・自由競争であった。
     戦争がはじまると、日本陸軍統制下となり全刀工は陸海軍の軍刀を製作して、多い時は月産五万本から六万本を製作。中でも関刀剣株式会社は軍監理工場となる。
     
     昭和20年8月15日大東亜戦争の日本国の
    敗戦による終戦のため20日に「日本刀鍛錬塾」は解散式を行いました。
     
     鍛錬塾長 渡邊兼永、塾頭 山田長蔵(兼長)、塾生長 中田勇(兼秀)
    理事長 後藤治兵衛、理事 兼村虎之助・小坂利雄・椎名威・
    福田好司・遠藤斎治朗・河田新次・吉田亨三郎・石田清三郎、主事会計 
    大野庄一が運営。


    中田 勇、刀匠銘『兼秀』は大正二年(1913)八月二十四日、長野県木曽郡大桑村に生まれました。
    昭和三年(1928)、大桑村の尋常小学校卒業後は高知県安芸市、十二代川島正秀鍛錬所にて徒弟として八年間の鍛錬技術習得後、昭和十二年(1937)二月には岐阜県関市に移住し渡辺兼永の門下で日本刀美濃伝の研究に着手、昭和十五年十月まで日本刀鍛錬塾の塾生長となりました。
    当時の同盟国(三国同盟)である独国首相ヒットラーと伊国ムッソリーニ首相に日本刀を献上しました。
    同十六年(1941)に関刀剣株式会社に陸軍指定刀匠として入社後は優秀な鍛錬技術を認められて、東條英機総理大臣に軍刀を献上 するなど昭和前期を代表する刀匠でした。
     戦後に作刀を再開し昭和三十年(1955)、(財)日本美術刀剣保存協会主催の作刀技術発表会での初入選後は努力賞2回、入選13回を連続受賞しました。
    昭和三十二年(1957)には、天皇・皇后両陛下への献上刀を鍛錬の栄誉に浴されました。
    昭和三十八年(1963)には、『兼秀日本刀鍛錬所』を設立して日本刀の鍛錬と研究に専念し、また後進を育成しました。
     昭和五十一年(1976)十一月二十二日『関市重要無形文化財』認定、翌五十二年(1977)三月十一日には『岐阜県重要無形文化財』に指定されております。



     


     
















      









     








      






















    峯側写真です。真ん中辺り↑に薄錆あります。






















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    ※スペックについては手計の為、多少の誤差があります。

    ※元幅はハバキのすぐ上を計測、物打は切先から約20cmで計測しています。斬りについては体配についての評価です。刀の状態によっては試斬研ぎを必要とする場合があります。(別途相談)

    ※状態評価については店主の主観です。状態を保証するものではありません。
    ※鍔の変更による重心移動、樋の深彫による音の改善、重量軽減、柄の変更、鞘塗、鑑賞研ぎ、居合研ぎ、試斬抜刀研ぎ等、各種ご相談に応じます。お気軽にお問い合わせください。